うさぎ追いたかった、あのやま。
故郷の歌が好きだ。
いきなり何を言っているのか自分でもあまり分かっていないが、故郷、ふるさとを想った歌が好きだ。
身の上話になるが、私の家は俗にいう転勤族なので、定まった出身地、故郷(hurusato)が無い。一応母子手帳は東京都杉並区だが、東京に住んでいたころの記憶はとても乏しい。
沖縄に行ってきた、奈良より、京都より、西、南の街に私は行ったことがなかった。
今まで住んできた、千葉、神奈川、札幌、どこの街にも当てはめることができない景観の違和感と、温暖な土地に住んでいたことなど無いのに、どこからともなく感じるなつかしさ、えもーしょなる。
沖縄人は皆気さくでやさしい、かえって北海道人、気が利かない、いじわる、こわい、みんな目が死んでる。
ここに住んでいる人たちはみんな幸せなんだと思った。
ホテルのテレビで適当に地上波でやっていたアニメを見ていた、沖縄が舞台のアニメだ。
自分の故郷を愛している女の子が主人公のアニメだった、ああ北海道にこんな人間なんていない。そのアニメのエンディングは、なんて名前かわからないけど、沖縄と言えばコレだろ的な曲をカバーしたものだった。いわゆる故郷の歌だ。
聴いていたら、北海道にこういう歌はあるのかと疑問に思った、居住歴トータル九年目だが心当たりはなかった。
北海道にはこういう歌が無い、あったとしてもアイヌの歌だ、あれはアイヌの歌だ、私たちの歌ではない。北海道を想う歌なんて私は知らない、最近の曲くらいしか知らない。
でも神奈川、千葉にそういう歌はあるとは思えない。故郷の歌がある土地に住みたい。私は人のやさしさが欲しいんだ。こんなところに住んでいるから自分を意図的に傷つける、こんなのおかしい。
人にやさしくされると嬉しいはずなのに、どうして皆いじわる、目死んでる、気が利かない。されてうれしいことだけすればいいのに、それができない人は、人じゃないか、もしくはしょうがっこうのどうとくのじゅぎょうをさぼっていた人です。
ありもしない故郷がほしい、帰る場所が欲しい、懐かしく思える場所が欲しい。
どこに行っても断片的なものしかない、中途半端に懐かしくさせて、ちゃんと寂しくさせてくる、今まで住んでいたところ全部嫌いだ、恵庭も北海道も札幌も嫌いだ。
知らない田舎に一人で連れ込まれて、そこを故郷にしたい、できるなら、人生ごとやり直せるならやり直したい、故郷欲しさのあまりに。
北海道なんて嫌いだ、こんな街から早く出ていこうと思った。
でもバンドを組んでしまったので解散しない限りあと二年は出ていけないようだ。
早くこの街から出ていきたい。
こんな寒いところで死のうとは思えない。
健康ッ!健康ッ!全集sono2
余程のことがない限り死を意識することはまずない人生を送ってきた。
余程のことは何か、と問われると、それは耳の痛みだ。
私は小さい頃から中耳炎や外耳道炎になりやすい子どもであった。それに、父方の祖父が外耳道炎から外耳道の皮膚がんになり死んでいるという話を幼少期のころから聞かされており、耳の痛み、病は死を伴うと幼い時ながらに思い込んでいたのである。なので、中耳炎を発症し、耳鼻科に行くまでに、どれだけ痛みに苦しみ恐れたのかは、今でも記憶している。
二度言うが、中耳炎になりやすい体質というのもあったが、一つ心当たりとして、耳掃除が結構好きな子どもであったので(祖父は耳かきが好きすぎて血が出るまで掻きまくって先述の様になったらしい)父や母に耳掃除をせがむと、特に父から、祖父の話を聞かされた。
何故今になってこのようなことを思い出したかというと、只今絶賛季節の流行!インフルエンザなんていうウィルスの餌食になっているからだ。
生きていてインフルエンザの餌食になったことも、自らインフルエンザの餌食になったこともあるが、今回の喰われ方は少し変わっているような気がする。
まず、咽喉が痛い、咽喉の痛みと共に頸が腫れている、頸が腫れると耳が若干痛くなる。
頼む、耳だけは勘弁してくださいまし。と痛みを感じるたびに呟きたくなるが、インフルエンザの奇行と見られたくないので、抑えている。
生き甲斐とまでは行かないが、音楽が無い人生なんてつまらないと私は思っているので、少しの耳の痛みで、良からぬことを想像してしまい、その想像している事が現実になってしまったら...なんて考えると、死を覚悟することもある。
今までは痛みに耐えがたく、死を覚悟する事は幾回かはあったが、音楽を始めてからは、痛みよりも、機能不全になってしまう事の方が恐ろしく、過激な言い草ではあるが、彼の世に転送された方がマシ、とも思ってしまう。
小さい頃から母に言われてきたことがある。目、耳は消耗品だ、だからだいじにしなさい。と。
今になって改めてその意味を深く理解するようになりました。
サンタクロース試験合格全集
冷たく凍える季節とは一転、町は光に彩られ、暖かみのある暖色の明かりに包まれている______
こんばんは、聖なる夜を共にお送りさせていただきます、パーソナリティーの黒猫でございます。
今晩はクリスマス、ということで、クリスマスにちなんだお話を、時間の許す限りお話しさせていただきます、最後までお付き合い、よろしくお願いいたします。
クリスマス、わたくしも小さい頃、よくサンタクロースに「何々が欲しいです。」だなんてお手紙を書いたりしたことがありました。今思い返すと小さい子供がサンタクロースにお願いするものとしてはちょっと変わったものを頼んでいた記憶があります。それが、あのロックバンドGLAYのDVD。それが欲しいと、何度サンタ(母)にお願いしたのか、結局は届いたのですが、ほかのおもちゃも一緒に届いていました。流石に当時5,6歳の女の子がクリスマスプレゼントで、DVDだけ、というのも気が引けたのか、それともサンタも丁度欲しいものだったのか、これは深堀しないでおきましょう。
ところで、わたくしの通っていた幼稚園はカトリックの幼稚園でしたので、毎年クリスマスの時期になると、毎朝きちんとしたお祈り→ろうそくに火を着ける(これがとてもわくわくしました)→よい子ちゃんシール という、いつもとちょっとだけ違う毎日がとても楽しかったのをなんとなく、覚えております。
お遊戯会も毎年クリスマスの時期に行われていたので、毎日お遊戯の練習で、その合間に同級生(と言い表すのが正解でしょうか)と体育館?のようなところでお昼ご飯。そのお昼ご飯の時に流れていた映像がとても印象的で、10年以上経った今でも、大体の内容は覚えております。
その内容とは、カトリックの教えに基づいて作られたのであろう、サンタクロースのお話でした。
サンタクロースは、恵まれない子どもたち、所謂貧しい育ちの子どもや、病気の子どもなどに、パンやろうそくなどを渡し、少しでも子どもたちが幸せになれるように、そういったものをプレゼントしている。という内容であった気がします。如何せん10年以上前の記憶なので、これが貧しい子どもなのかも確信が付きませんし、本当にパンを配っていたのかもわかりません。
当時のわたくしとしてはとても簡単な内容ですが、今となってはとても重苦しいお話だと思ってしまいます。
恵まれない子どもたちが、少しでも幸せになれば、いい思いができれば。そういう願いや思いが込められて、サンタクロースなんてひげのオジサンは存在するのだ、と考えると、サンタクロース様はとても慈悲深くて、ああ、わたくしもサンタクロースのように慈悲深く、困る者に手を差し伸べられたらどれだけ素敵なのでしょう。と考えてしまいます。
マァ、わたくしは黒猫なので、サンタクロース様ではなく魔女様にしかお仕えすることができないのですよね、トホホ...
そろそろお時間となりました、本日はいかがでしたでしょうか、サンタクロース、今になって思い返してみると、大人の見本のような、子どもにやさしいオジサンですね、そういうヒトにわたくしもやはり、なりたいものです。
それではまた、来年の聖なる夜にお会いいたしましょう、パーソナリティーは黒猫でお送りいたしました。メリークリスマス。
応援全集
今まで十数年生きてきて、何か具体的な意思や目標を持ち、何かを成し遂げようと、葛藤や努力をした記憶が一切ない。
それが悪しき事とは全く思ってもおらず、だが、葛藤や努力をする者が善しとしてもいない。
何か一つの事に夢中になって、必死になって、夢など諸々を追いかけている者の姿を目にすると、まさに、きらきらくらくら眩暈がし、あゝそういふものにわたしはなりたかった。などと観念深くなってしまうのだ。
同世代の活躍を見て、嫉妬心で云っているのかは分からないが、批判だの、冷笑している者を見ていると、なんだか悲しくなるものである。そういうものを素直に感心できない者は、一生誰からも感心されないのだ。多分。
努力するあなたは美しい!素晴らしい!等の応援歌的なSONGがあるが、私はそういうSONGはあまり得意としない。最初から分かりきっている事を何度も言うものではない。
努力はきっと報われる!のようなSONGはハッキリ言って嫌いだ。
勘違いを防ぐために記しておくが、何かを激動するものは嫌いではない。
不特定の誰かから感心されたい等と、思ってなんかいないと考えているが、実際脳みそのどこかで、少しはそういう欲求があるのだろう。素直になれないのも人間らしさの一つだ。